大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和54年(オ)412号 判決

上告人

沖繩振興開発金融公庫

右代表者理事長

田辺博通

右訴訟代理人

宮原功

被上告人

沖繩県鰹鮪漁業協同組合

右代表者理事

真喜屋恵義

右訴訟代理人

戸田等

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人宮原功の上告理由第一について

原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、本件第二九共進丸が本邦を出港し、漁獲に従事し、再び本邦に帰港するまでの間の全航海を継続するために必要とした燃料油、機械油、部品等の補給等に要した諸経費の立替金債権である被上告人の配当要求債権をもつて商法八四二条六号に定める「航海継続の必要によつて生じた債権」に該当するものとし、これにつき先取特権を肯定した原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第二について

所論中、船舶先取特権の消滅をいう点は、訴外合資会社共進水産の被上告人に対する弁済充当に関する意思表示が錯誤に基づくもので無効である旨の原審において主張しない事由を前提とするものであり、また、本件弁済充当に民法三九八条の類似適用がある旨をいう点は、原審の適法に確定した事実関係のもとにおいては、本件が右類推適用をすべき場合にあたるものと認めることはできないから、論旨はいずれも採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(中村治朗 団藤重光 藤﨑萬里 谷口正孝 和田誠一)

上告代理人宮原功の上告理由

第一 原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令解釈の誤りがある。

即ち、原判決は「船舶先取特権は、船舶について発生した特定の債権に限り(商法八五二条)、これらが船主の債権者の共同の利益のために生じた債権であることから、その債権者に対しその船舶及び属具等から優先的に弁済を受ける権利を付与したものとされその解釈運用に当たつては、」「これらの債権が実質的に債権者共同の利益のために生じたか否かを考慮すべきである。」「我国における遠洋まぐろ漁船にあつては、漁場が遠方洋上であり漁獲期間が一年有余にわたること、漁獲物であるサシミ用マグロは日本国内でしか消費されず海外において水揚げすることができないこと、特殊な漁具及び餌の調達は日本国内でしか調達できないことなどから、本邦を出港し、本邦に帰港するまでの間を一航海とし、その水揚げ代金から漁獲高に応じて比例配当する船員の生産奨励金、補給その他の諸経費等の各債権を清算する方式をとつており、本件第二九共進丸においてもこれと同様であつた事実が認められる。

右の事実によれば、遠洋まぐろ漁船である本件第二九共進丸の場合において、同船が本邦を出港し漁獲に従事し再び本邦に帰港するまでの間の全航海を経続するために必要な燃料油、機械油、部品等の補給費用、その間の海外基地への入港手続その他に要する諸経費等は、すべて船主の債権者の共同の利益のために生じたもので、商法八四二条六号に定める「航海継経の必要に因りて生じた債権」として船舶先取特権を与えられた債権というべきである。」と判示している。

ところで右判示の趣旨は必ずしも明確であるとはいえないが、

(一) 先取特権は船主の債権者の共同の利益のために生じた債権ゆえに優先弁済権を認められたものである(先取特権一般について述べているのか、八四二条六号についてのみ述べているかぼうか不明)。

(二) その解釈運用にあたつては、実質的に債権者の共同の利益のために生じたか否かを考慮すべきである。

(三) 我国における遠洋まぐろ漁船の特殊性から操業イコール航海であり本邦を出航し、本邦に帰港するまでの全航海中の必要費は、すべて船主の債権者の共同の利益のために生じたものであるから本条六号により先取特権が認められる。

という趣旨のようである。

そうとすれば原判決は、明らかに商法八四二条六号の解釈を誤り、同法条に違背したよのである。

第一に右判決は、八四二条六号にいう「航海」の意義を、船主の債権者に利益を与えたかどうかで定めようとしている点に誤まりがある。

第二に漁船の場合に操業即ち航海と解しているところに誤りがある。

第三に右航海中の必要費は、船主の債権者に共同の利益を与えたからというだけの理由で、当然に先取特権を生ずるとしている点に誤りがある。

第四に立替金債権についても、八四二条六号の船舶先取特権を取得すると解しているところに誤りがある。

一、以下右四点について詳論するが、便宜上、第三点即ち、先取特権を生ずべき債権の範囲について先に述べることとする。

1 八四二条の先取特権は、公示方法がなく、その発生前に設定された船舶抵当権にも優先するため、船舶抵当権者の利益を害し、ひいては、船主の金融を困難ならしめる。

そこで、先取特権の生ずる債権の範囲を制限し、抵当権を有力なものにする必要がある。以下理由を述べる。

(一) 条約や海外の先取特権制度をみてみると、いずれの主要海運国においても、わが商法八四二条六号にあたる債権についてわが国程、強力な担保権を認めている国はない。

(イ) 一九二六年の「海上先取特権及び抵当権についての規定の統一に関する条約」(以下一九二六年条約という)

船舶先取特権及び抵当権に関する世界諸国の法制を統一し、渉外関係を簡明にすることは、夙に海事関係者の意図したところであつて、このため国際法協会(Institute de droit inter-national)はすでに一八八五年及び一八八八年の二回にわたり国際会議を開いた。その後万国海法会(ComitMaritime international)がこの事業を受けつぎ、一九〇四年以来約一〇回の会議を重ねて、一九二六年にブリュッセルにおいて「船舶先取特権及び抵当権の規定の統一に関する条約」の成立をみたのである。

ところでこれらの会議においてもやはり船舶先取特権と船舶抵当権との関係をいかに規制するかということが問題になつた。先舶先取特権は、船舶抵当権に優先するため、船舶抵当権者の利益を害することが多く、金融業界からこの問題の解決を求める声が高かつたからである。そこでこの統一条約ではアメリカ法のMaritime Liensの制度の示唆を受けて、船舶先取特権を抵当権に優先する優先的先取特権(条約上の先取特権)と劣後的先取特権(国内法上の先取特権)の二種に分かつこととして、その調整をはかつた。そしてこの統一条約で船舶の保存又は航海継続の必要のために船長がなしたる行為より生じたる債権(一九二六年条約二条五号、我商法八四二条六号にあたると思われる)について激しい議論の末、船舶先取特権を認めることとしたが、反対説を考慮し六ケ月の短期の除斥期間(他の種の債権の先取特権は一年)の経過によつて速やかに消滅することとした(同条約九条一項但書)。

(ロ) 一九六七年の「海上先取特権及び抵当権に関するある規則の統一のための国際条約」(以下一九六七年条約という)

一九二六年条約はベルギー、フランス、イタリー等二一ヶ国により批准されたものの「北欧四国は批准後脱退)、主要海運国の多く(日、米、英、独等)がこれを批准せず、極めて容効性の少ないものとなり、これに代る統一条約を制定する必要があつた。また一九五七年の船主責任制限条約の成立により一九二六年条約をこれに適合させる必要が生じた。そこで新たな見地から、特に抵当権に優先する海上抵当権を生ずべき債権を制限し、その順位及び抵当権との関係並びにその効力等についての統一規則を制定せんがために一九六七年の第一二回海事法外交会議において、新しい「海上先取特権及び抵当権に関するある規則の統一のための国際条約」を採択した。この統一条約では、

① 条約上認められる船舶上の海上先取特権によつて担保される債権は(ⅰ)、船舶への雇入に関して、船長、職員その他の乗組員の受けとるべき給料その他の金員。(ⅱ)、港、運河その他の水路の料金及び水先案内料。(ⅲ)、船舶の利用に直接関連して生じた人の死亡又は身体障害に係る船舶所有者(傭船者、船舶管理人、船舶運航者を含む。(ⅳ)も同じ)に対する債権。(ⅳ)、船舶の利用に直接関連して生じた財産の滅失毀損に係る船舶所有者に対する債権(契約を理由として請求することはできないが、不法行為にもとづいては請求しうるものに限る)(ⅴ)、救援及び救助、難破物の除去並びに共同海損分担に関する債権の五種に限られ、かつ原子力損害に基づく債権を担保するため先取特権は認められない(四条)。

② 条約上の先取特権は登記されたモーゲージ及び抵当権に優先する(五条一項)

③ 締結国は国内法により①以外の債権を担保するための先取特権又は留置権を認めることができ、それらは登記されたモーゲージ及び抵当権に劣後するものとする(六条)。等のことが定められた。

ここで注意すべきは、わが商法八四二条六号にあたる債権は条約上の船舶先取特権を生ずる債権から削られているいうことである。この種の債権を担保するために国内法により先取特権を認めることは可能ではあるが、その場合にも抵当権に優先することはできないのである。

(ハ) フランスの先取特権制度

わが商法の船舶先取特権の制度は明治二三年の編纂に際して、主として、独、仏両国法にならつて制定されたものといわれる。かかる沿革に顧みれば独、仏両国の先取特権制度を一瞥しておくことは有意義であると思われる。

一六四一年の海事勅令、これを発展的に継受した一八〇七年のナポレオン商法典における船舶先取特権制度の特色は、船舶衝突その他の不法行為にもとづく損害賠償債権、共同海損分担請求権及び救助料債権については認められておらず純粋に航海継続のための金融及び労務、役務の確保を容易にする目的による特別の担保制度であつたといえる(我商法八四二条に列挙する債権は、一号、二号、四号、六号、八号はいずれもナポレオン法典の影響を受けたものであるが、特に六号、八号は海事勅令の影響が濃厚である)。

ところで船舶先取特権についての右フランス商法典は制定以来殆ど改正を受けることなく一四〇年の長きにわたりそのまま施行せられてきたのであるが、一九三五年に至り、一九二六年条約を批准し、一九四九年二月一九日法により商法典の当該部分を改正したが、その内容は、そのまま一九六七年一月三日法による船舶私法の第五章に引継がれて現行法となつている。その内容は、一九二六年条約に従うが、船舶先取特権を認められる債権の範囲は、一方において整理統合されるとともに、他方において、救助料債権、共同海損分担請求権、衝突等の不法行為にもとづく損害賠償請求権、旅客運送契約上の損害賠償請求権にも拡大されることになつた。その結果、船舶先取特権制度の目的は多様化し、航海継続のための金融の便宜の要請は後退して、社会政策的ないし、公益的要請が前面に出て来たといえよう、

ここで注意すべきは、一九二六年条約を多くの主要海運国が批准しなかつたにもかかわらず、フランスがこれを批准し、国内法を改正したということである。その理由は、フランスの船舶先取特権制度が甚だ老朽化して、現代の経済上の要求に応ずることができず、従つて新しい統一条約の制度を採用するには、実際上の強い要求があつたからである(小島論叢六三号)。船舶私法三一条六号において船長が船籍港外において、その法定権限により、船舶の保存若しくは航海の継続の現実の必要のために締結した契約又は行つた取引より生じた債権に先取特権を認めているが、フランスの現行法が一九六七年条約によつて変更せられた一九二六年条約を忠実に採用したものであること、その経緯は右に述べた通りであること、同号は航海継続のための金融の要請を考慮したものではあるが、現行法全体としては、その要請は後退して社会政策的ないし、公益的要請が前面に出て来たことに思いを至す。べきであると考える。

(二) ドイツの先取特権制度

ドイツ商法は、一定の債権につき船舶債権者権(Schiffsglubigerrecht)を認め、船舶債権者はその船舶及び属具の上に法定質権(gesetzliches Pfand-recht)を有するものとする(独商七五四条、七五五条)。この法定質権が性質上わが国の船舶先取特権に相当する。

ところで一八六一年の普通ドイツ商法は次の二つの指導原則に従つて船舶債権者権の制度を規定していた。その第一は船舶に対して何等かの利益をもたらした者の債権には全て船舶債権者権を認むべきという原則(versio in rem)であり第二は船主有限責任の対抗を受けるすべての債権には、そのコレラートとして船舶債権者を認めるという原則(相関原則 Korrelatsge-danke)である。歴史的にはこのversio in remの原則がより早く認められたのであるが、後になつて、相関原則が意識せられてくるようになつてくるとversio in remの原則に該当する債権のうちの多くは、相関原則に該当する債権の範囲に包含されるようになつたためドイツ学説は相関原則を強調していた。

この相関原則は、ドイツ及びドイツ法系に属する国に特有な原則である。したがつて我国にも妥当する。ドイツ法の下において、この原則が強調される理由は、一定の債権者に対しては、船主は海産をもつてのみ責任を負うにすぎないのであるから(執行主義)、この種の債権者は、対抗を受けない債権者に比べ、著しく不利な立場に立たされる。従つてせめてこの種の債権者に対し、責任海産の上に先取権を認め、これをその順位及び効力において優遇するのでなければ、船舶に対し信用を供与しようとするものはなくなつてしまうであろうし、或いは船主の使用人たる船員の行為によつて損害を被つた者の保護として、極めて不十分な結果をもたらすであろうと考えられるからである。

以上のような見地からドイツ商法は、極めて広い範囲の債権について船舶債権者権を認めていた。ところが、ドイツは、一九七四年の商法改正によつて、様々な批判のあつた執行主義に基づく船主責任制限制度を廃して、金額責任主義に基づく一九五七年の船主責任制限条約を批准し、国内法もこれに沿うように改めた。ここに至つて、ドイウ商法において船舶債権者権を認める主要な根拠の一つとなつていた相関原則はその存在の理由を失うに至つた。そこで、船舶債権者権の認められる債権の範囲についても再検討されることとなり、結果として、船舶債権者権に関する諸規定は、一九六七年条約の内容と一致するよう改正されることとなつた(ドイツ商法典)改正案の理由書は次の如く説明している。「物的に海産に制限される船舶所有者の責任が、今後ドイツ法に存在しなくなる後は、債権者に債務者の陸産に対する掴取可能性がないことの相関物として、他の債権者――たとい物権的な権利であつても――に優先して船舶からの弁済につき権利が与えられなければならないという理由だけによつては、もはや債権に船舶債権者を予定するということの必要はない。相関的な考え方が現在の第九章の支配的な立法理由を形成しているから、責任体系の変更により、船舶債権者権のカタログ(商法七五四条)を次のことについて再精査することが不可避となる。すなわち、将来は常に船舶所有者に対して人的に請求できるにもかかわらず、また、新法の原則による責任制限の場合には、裁判所に寄託されている責任制限後も残つている請求額の全額にあたる責任金額によつても常に担保されているにもかかわらず、特別の債権者保護が物的担保までも是認するかどうかである。船舶債権者は船舶抵当権――商法典制定以来経済的意義を強く増してきた――を、それが先に認定されているものでさえ、害するから、債権者保護の多大の必要がなければならない。草案は、この考慮に立つて、一九六七年の船舶先取特権及び船舶抵当権に関する条約で船舶債権者権によつて担保されることを承認された債権のみが、この特権を有することで今後は充分であるということに基づいている。」(大塚、酒頭訳)。これによつて、ドイツ商法上における船舶債権者権を認めるについての相関原則は、全く姿を消すことになり、むしろ公的見地に基づく債権及び社会政策的見地からの債権に加えて若干のversio in remの原則に基づく債権のみが船舶債権者権を認められることになつたのである。

ここで注意を要すべきは、第一にフランス法や昭和五〇年の改正前のわが商法の採用していた委付主義にあつても、船主が委付権を行使した場合には、船主の責任は演産を似てする物的有限責任となるから、この点においてドイツ法の執行主義と異ならなかつた。(小島ドイツ法及びフランス法における船舶先取特権制度について、前掲p.53)。しかるにドイツ商法が、船主責任制限制度を執行主義から金額責任主義に改めるに際して、当然のこととして船舶先取特権制度の改正を行つたのに対して、わが国は、一九五七年の船主責任制限条約を批准し、船主責任制限制度を委付主義から金額責任主義に改めるに際して、何らの実質的な改正を行なわなかつたということである。

第二に右に一九六七年条約に従つて改正したと述べたことから明らかなように我商法八四二条六号にあたる債権は削除されているということである。

(ホ) イギリスにおける先取特権制度

英国法上の海上財産上の担保権ないし物的優先弁済権の制度は甚だ複雑であり、わが国における船舶先取特権に相当するものとしては、maritime liens, statutory right in rem, 固有の管轄権上のright in rem, possessory liensを考慮しなければならないが、ここでは前二者について述べる。

maritime liensは、目的物の占有や対物訴訟による目的物の差押を要せず競売権を行使しうるものであつて、追及効も認められているという意味で、わが国の船舶先取特権と同性質のものである。statutory right in remは対物訴訟の提起により、船舶を差押えることによつて物権としての担保権を取得するものであり、差押前に発生したmaritime liens登記された船舶モーゲージ、possessory liens等の担保権に後れ、かつ追及効もない点で船舶先取特権よりも弱い担保権である。ところで我商法八四二条六号の債権は英法のnecessaries債権に該当すると思われる。英法のnecessariesには、広狭二義あり、狭義においては、食料、燃料、日用品等の航海必需品を意味するが、広義においては航海遂行上の必要に基づき船舶に供給された物品及び労務並びにサービスを総称し、修繕費及びステベドア・サービス等を包含する用語である。ここで注目すべきは、イギリスでは、狭義のnecessaries債権についてのみ、船舶モーゲージに劣後するstatutory in remが認められているにすぎないということである。

(ヘ) アメリカちおける船舶先取特権制度

アメリカにおける船舶先取特権(maritime liens)の制度は極めて複雑であるが、ここでいえることは極めて多様な債権について船舶先取特権を認めつつ、他方で優先的船舶モーゲージ(preferred ship mortgage)の制度を定め、Ship Mortgage Act, 1920に従つて登録された船舶モーゲージについてはある種の先取特権に優先する地位を認めている。従つて船舶先取特権中には、優先的船舶モーゲージに優先するもの(preferred maritime liensと劣後するものnon-preferred mari-time liensとがあり、さらに一般の船舶モーゲージは、non-preferred mari-time liensにも劣後することとなる。

ここでも注意すべきは、いわゆるnecessaries債権は、 non-preferred maritime liensの一種であつて既に登録されたモーゲージには劣後するということである。(但し、外国船について例外あり)。

以上述べたように条約や海外の立法においては、わが商法八四二条六号にあたる債権については、全く先取特権を認めていないか、登記された抵当権に劣後するものとしている(但し、フランスを除く)のである。それは言うまでもなく、船舶抵当者の利益を害しないようにするためであり、今日において、船舶抵当権にもまさる強力な担保権を認める合理的な理由がなくなつているからであると思われる。そのような事情は全くわが国においても同様だと思われるのに明治三二年以来改正されてないのである。

(二) わが国の海事金融の実際からいつても船舶抵当権を強力なものにしてゆく必要がある。

(1) わが国の海運は第二次大戦によつて、壊滅的な打撃を受けたが、その後種々の助成策により、保有船腹量は、昭和二〇年末の一三四万総トンから昭和四七年七月には三、四九三万総トンに増加し、全世界保有船腹量二億六、八三四万総トンのうち、13.0%を占めリベリヤの16.6%に次いで世界第二位に立つようになつた。このような商船隊を再建するためには厖大な資本が投ぜられ、昭和二二年より、四七年までに投人せられた計画造船資金(自己および市中資金を含む)の合計は一兆八、四八四億円に達する(日本船主協会編、海運統計要覧一九七三年版)。

(2) ところで、昭和四八年三月の各社の有価証券報告書より統計すれば、いわゆる中核六社(日本郵船、商船三井、ジャパン・ライン、川崎汽船、山下新日本汽船、昭和海運)の資産を合計すると総資産は一兆二、三四八億円で、そのうち、船舶は六、一〇六億で総資産に対する割合は四九、五%である。この統計でみると海運会社の資金のうち、ほぼ半額を船舶が占め、他に有価証券(一六%)と現在預金(六%)があるが、土地建物の割合は海運会社では僅かなものにすぎない(2.4%)。昭和四七年三月末における海運一五八社の設備資金借入残高の総計は一兆〇四一九億円にのぼるが、このような莫大な借入金担保として、右の統計をみれば船舶が、担保としてもいかに大きな比重を示めるかについてもほぼ推測できるであろう。

(3) この船舶を担保とする金融の形態としては抵当権の他に担保附社債の担保としての船舶、企業担保権、傭船料債権の担保化、船舶信託、船舶共有がある。ところが、担保附社債の場合には法的に様々な制約があり、企業担保権については、企業担保権の優先順位が低いことなどの理由から、殆んど利用されていない。傭船料債権の担保化以下の形態についてはまだ我国ではなじみがうすく、あまり利用されていないようである。これに対し、船舶抵当権は当事者の意思表示によつて自由に設定し得るから、船舶企業者の資金調達方法として極めて都合が好く、かつ公示制度を備えているから、取引の安全を傷つけることはない。船舶抵当権は、海事金融における担保制度として、最も合理的なものといえる。しかも前述したごとく海運会社にとつて借入金の担保として、船舶が大きな比重をもつていることからみて、船舶抵当権を設定する必要性は極めて大きいといえる。ところが、現在のように先取特権を生ずる債権が多く、しかも抵当権に優先する効力をもつということは、海事金融を大きく阻害しているといえるであろう。船舶先取特権を生ずる債権を制限し、その効力を弱め船舶抵当権を有力なものにしてゆくというのが近時の条約や諸外国の立法の動向であることは先に述べたが、その必要性の大なることは、我国の海事金融の実際から言つても同様であることが右の統計によつて明らかであると考える。

(三) 時代の変遷により、八四二条六号のような債権を特別に保護する必要性はなくなつた。

古くは、航海によつて実現される貿易は異常な危険を伴うものであり、かつ、巨額の資金を必要とするものであつたが、反面、その成功によつてもたらされる利益も莫大であつた。このような状況下での航海に必要な資金の調達は冒険貸借という特殊な契約により行なわれた。この冒険貸借は債権者は、航海が無事終了したときは高率の利息を収受しうるが、航海が失敗に帰したときはその債権を失うとするものであり、船舶、積荷の上にのみ物権的担保権を有するものであつた。当初は、海事勅令、フランス商法典の規定する如く、航海開始の時点における資金調達のために必要とされた冒険貸借が、その後航海途上における航海継続のための資金調達の手段として利用されることになつた。一九世紀に至り、保険業、金融業の発達及び通信技術の整備の結果、冒険貸借の制度が利用されることは全くなくなつた。

船舶先取特権はこの冒険貸借債権を担保する物権として発生してきたものである。それは同時に船主の責任を船舶ないし海産に制限する制度とも結合して、その代償的担保の役割を果してきたし、時に船舶に対する対物訴訟と密接不可分なものとなつてきた。その上冒険貸借がその機能を喪失するに至つても、強力な担保として航海途時における金融を容易にするという船舶先取特権に固有の機能は依然として残ることになり、さらに船員の給料債権の確保、公租公課の確保といつた目的にも適用が拡張されることにより、船舶先取特権は冒険貸借の制度から独立した制度として存在を認められるに至つたものである。

このような沿革からみるとき、我商法八四二条六号のごときの債権に先取特権を認める必要はないと考えられる。我商法の先取特権制度制定当時、さらにさかのぼつて母法たるナポレオン法典や海事勅令の時代のように帆船時代なら、その航海の危険の度合、航海途次における航海継続に必要な費用の調達を容易、円滑ならしめる必要性からいつて先取特権を認める必要があつたであろう。しかし、今日においては、造船技術の進歩は当時とは比べものにならず、したがつてその航海の安全についても同様であろう。また通信制度や代理店制度が発達してきた今日において、なお緊急の金融の便宜のためにこの種の債権について船舶先取特権を認める実益は甚だ少ないというべきである(谷川、成蹊法学一二号p.141)。一九六七年条約は、この種の債権については船舶抵当権を認めていないことを想起すべきである。

(四) 昭和五〇年の商法改正により、船主の責任制限について従来の委付主義から金額責任主義に改めたことにより一層、八四二条六号のごとき債権に先取特権を認める必要性は減少したといえる。

我国の先取特権制度は、ドイツ商法ほど、相関原則に徹したものではなかつた。しかし、我国の先取特権制度においてもこの原則が先取特権の立法理由の大きな部分を占めていたことは確かである(田中誠二、海商法詳論、p.568参照)。たとえば船長が船籍港外において燃料油を購入したとき(七一三条参照)、船主は燃料油を供給した債権者に対して委付権を行使することができた(旧六九〇条)。したがつて、燃料油を供給した債権者は八四二条六号により、先取特権を認められる必要があつたのである。しかし、現行法の下では、船主に対して最終的に全額かかつてゆくことができるから、この者を保護する必要性はなくなつたと考えられる。

2 以上により立法論としては、八四二条六号の如き債権について船舶先取特権を与える合理的理由はなく、同号は廃止するか抵当権に劣後すべきものとすることが正当であると思われるが、改正の行なわれていない現段階においては、解釈論として、同号の債権を制限的に解釈してゆく必要があることが明らかになつたと考える。即ち八四二条六号は文言上「航海継続ノ必要ニ因リテ生シタル債権」であれば全て船舶先取特権を生じるかの如くであるが、以上述べたことを考慮すれば、本号の債権は真に抵当権にも優先して保護されるべきと思料される「航海継続ノ必要ニ因リテ生シタル債権」に限定されるべきである。

ところが、原判決は、船主の債権者に共同の利益を与えたかどうかだけを基準として、船主の債権者に共同の利益を与えたものであれば全て本号に含まれるものとしている。

そもそも現行の船舶先取特権を認める立法理由は一様ではない。前述した海外の立法例や、船舶先取特権制度の沿革から明らかなようにおよそ三つの要因があると思われる。一つは航海途次における航海継続に必要な費用の調達を容易円滑ならしめるためである。第二に船主の有限責任制度である。第三にその債権が、船主の債権者に共同の利益を与えたことである。

従つて、原判決のように第三の要因をとりあげ、これのみを基準に先取特権の生ずる債権の範囲を定めることは妥当でなく、ここに原判決の大きな誤りがあると考える。

船舶は、陸上における工場にたとえることができよう。或いはもつと端的にトラックや汽車になぞらえることができるであろう。船主が船舶を通じて利益を得るのと同様に工場主も工場を回転させて利益を得る。トラックや汽車の所有者も同様である。ところで、工場主やトラック、汽車の所有者がそれらを動かすために必要な資金、あるいは燃料等の供給を受けたとき、その供給者は工場主、トラック、汽車の所有者の債権者に共同の利益を与えたということができるであろう。しかるにこの者は、工場やトラック、汽車或いは工場製品、運送費について、先取特権を与えられるわけではない。そうであるならば、船主の債権者に共同の利益を与えたというだけでは、先取特権が認められる理由は説明できないと思われる。まして、船舶抵当権に優先する程の担保権が認められる理由は説明できないのである。船舶についてのみ先取特権が認められるとしたら、それは結局工場やトラック、汽車とは異つた、船舶についての特殊な理由に基づくものと考えるほかはないのである。即ち、前述の第一、第二の要因である。

さらに言えば、船主の債権者に共同の利益を与えたということのみをとりあげるなら、本件上告人のように船舶を建造する資金を提供したものの方がより直接的に船主の債権者に共同の利益を与えたということができるであろう。民法三一一条六号、同三二五条三号により動産の売主、不動産の売主はその目的物について先取特権が認められ、また商法八四二条八号によつて船舶の売主について船舶先取特権が認められている。それらが目的物の所有者の総債権者の共同担保の原因をなしたからである。船主の債権者に共同の利益を与えたということのみを基準にするのであれば総債権者に共同の利益を与えた程度において船舶の売主よりも劣るが、航海継続のための必需品を提供した者よりもより直接的に貢献している、本件上告人のように造船資金を提供した者に先取特権が認められず、航海必需品の提供者に先取特権が認められる理由は理解できないのである。

また、商法八四四条一項本文によれば航海必需品の提供者の債権の方が、船舶の売主の債権に優先する。総債権者に共同の利益を与えたことに関してより関接的で程度の低い航海必需品の提供者の債権の方が、より直接的で程度の高い船舶の売主の債権に優先するとしている一事をとつてみても、現行法において、航海必需品の提供者が特別に保護される理由は、総債権者に共同の利益を与えたということ以外の要因に大きな比重があるということを物語つていると思われる。即ち、それは前述の第一、第二の要因である。

ところで昭和五〇年の政正により船主の債権について、従来の委付主義から金額責任主義に改められた現在においては、第二の要因の比重はずつと減少したものというべきである。

以上要するに八四二条六号の船舶先取特権を生ずる債権の範囲を定めるにあたつて、船主の債権者に共同の利益を与えたかどうかも一つの考慮すべき要素にはなるが、現在では主として、航海継続を容易円滑ならしめるために船舶抵当権にも優先して保護すべき債権であるか否かによつて判断すべきものと考える。その際、今日における通信制度、代理店制度の発達という事実を充分に考慮すべきである。

ここで、航海継続を容易円滑ならしめるために、航海必需品を提供する者を保護しなければならないというのは、船主から遠く離れて運航する船舶に対して航海必需品を供給する者は、地理的関係から船主の資産状態を知りえず、また陸産に対する執行が困難であることから、果して確実に債権を回収できるかどうかに不安を生じ、現金取引でない限り、その給付をしようとせず、そのことがひいては航海に支障をきたすから、特別に先取特権を与えて保護する必要があるという意味である。

3 第一審における加藤寿則の証言によると、鮪漁船が外地で補給を受けようとする場合、その漁船から船主に漁業無線で、こういう港に入港してこういう補給を受けたいとの連絡が入り、所属県鰹協にこの旨連絡があり、更に県鰹協から日鰹協連に補給要請があり、日鰹協連から入港先の海外代理店にテレックス或いは電報で連絡し、燃料については、日鰹協連の契約先である東京のシェル石油に補給依頼し、その他食料等については現地購入を依頼し、補給を受ける。そしてその代金は、日鰹協連が支払い、船が日本に帰港し漁獲物を水揚げし、それを売却した代金でもつて、日鰹協連に対して、船主が支払うのが一般であるとある。このような事情のもとにおいては、これらを供給する者の債権を特別に保護する理由は全く存在しないと思われる。航海の必需品を提供する者は、船主が誰であろうとかまわないのである。日鰹協連さえ信用がおければよいのである。

日鰹協連は全国の県鰹協を統轄し、日本中の県鰹協に所属する漁船は全て日鰹協連を通じて必需品の補給を行なうのである。現地供給者と日鰹協連はこのようにして大々的に取引を行なつているのである。現地において必需品を供給する者にとつて、どこの誰だかも知れない者に対して必需品を供給し、先取特権を与えられるよりも、たとえ先取特権を与えられなくとも、日協連のような大きな組織と取引した方がよつぽど安心である。このような債権者に何ゆえ抵当権に優先する先取特権を認める必要があるのであろうか。通信制度、代理店制度を最大限に利用している本件のような取引においては、航海必需品の提供者の債権に船舶先取特権を与えなくとも航海継続に何らの支障はないのである。

更に船主の債権者に共同の利益を与えたか否かの観点から言つても、船主の債権者の共同担保の形成に、より直接的に寄与している、本件上告人の債権に先じて、航海必需品の提供者の債権を優先すべき理由はないのである。

以上のような理由から、本件における航海必需品の提供者には、船舶先取特権は生じないと解するのが相当である。それゆえ、船主に代つて支払つた日鰹協連、県鰹協が先取特権を取得するいわれはなく、存在しない先取特権に基づいて行なわれた本件競売は無効である。

尚、本件のような事案に八四二条六号が適用されるとするならば、本号はその限りにおいて憲法一四条第一項の法の下の平等の原則に反する疑いすら生ずるものであることを附言する。即ち、同条は不合理的な差別的取扱いや特権の付与を禁じたものと解すべきところ、前述した如く、本件のような債権者を、一般債権者と差別して、特別に有利に取扱う合理的理由は存しないからである。

二、仮りに右主張が認められないとしても、さらに右第一点につき誤りがある。即ち、原判決は、「航海」の意義を誤つて解釈している。

原判決は、「航海」の意義と船舶先取特権を生ずる債権の範囲の問題を区別して論じていないため、その判旨を理解することは困難ではあるが、我国の遠洋マグロ漁船はその特殊性から、本邦を出港し、本邦に帰港するまでを一航海として、その水揚代金から、漁獲高に応じて比例配当する船員の生産奨励金、補給その他の諸経費等の各債権を清算する方式をとつているという事実から、本邦を出港し、本邦に帰港するまでを一航海とし、その間の諸費用は船主債権者の共同の利益のために生じたものと判断しているものと思われる。

八四二条六号にいう「航海」の意義は遠洋マグロ船の清算方式というような、主観的事情により判断されるべきではなく、船舶先取特権制度の趣旨により、客観的に判断すべきである。また、船主の債権者に共同の利益を与えたという観点からのみ判断すべきではない。

思うに、八四二条六号の立法趣旨は、前述したように、船籍港が原則として、当該船舶所有者の住所地とされ(船舶法第四条)、船籍港外で生じた船舶債権の債権者は、船舶債権者の陸産に対する執行が困難であつて、船舶先取特権を与えて保護する必要があることに基づく。そこから、本号にいう航海は、ある港からある港までの航海をいうのではなく、船籍港を出て再び船籍港に復帰するまでの、全航海をいうことになるのである。しかしながら、一年余りにわたつて、漁場を求めて点々とわたりあるく、本件船舶の如き航海は商法の予定するところではなく、全く適用がないか、本件船舶のような遠洋マグロ船の実体にそくして解釈適用されるべきであると考える。

商法の規定は、その沿革よりみて、運送航海を念頭においたものであると思われる。ところが、遠洋マグロ船にあつては、漁場を求めて渡りあるく航海は、いわば操業のための航海であつて、これは、商法の予定する航海ではない。本邦を出港し、漁獲を終え本邦にそれを持ち帰るための航海だけが、商法の予定する航海に匹敵すると考えられる。そうだとすると、漁獲を終えてから、日本へ帰港するために立ち寄つた各港における経費だけが、八四二条六号によつて保護されることになる。本件では漁獲を終え、南アフリカのポートルイスで補給を受けて、そのまま日本に直行しているから、ポートルイスにおける諸経費のみが船舶先取特権として取り扱われることになる。

三、次に第二点について述べる。右の主張が認められず、本邦から本邦に帰港するまでが八四二条六号の航海にあたるとしても、航海に必要な債権だけが、船舶先取特権として保護されるべきものである。原判決は、漁船の場合、操業即ち航海と多しているようであるが、これは誤りというべきである。全航海中、漁獲するための諸経費は、操業のための必要費であつて、航海継続のための必要費ではない。操業のための経費も航海のための経費にあたるとしたら、逮洋漁業の場合、一たび漁船が船籍港を出港すれば、より多くの漁獲を得るために、漁業主、船長の独断で操業を続けることができ、その操業のための補給費が累積して、遂には船舶抵当権は全く無意味なものになつてしまうのである。他方船舶抵当権者に、その操業を止めさせる法的手段は与えられていない。また、操業のために補給した者は何ら保護されないわけではなく、原判決が認定しているように、漁獲物の代金の中から清算する方式をとつており、漁獲物によつて担保されているのである。それ以上に船舶についてまで先取特権を有し、船舶抵当権者を害することは、法の趣旨に反すると思われる。本件の場合、航海直後から船主は倒産状態にあり、航海継続の不能が判明しているにもかかわらず、漁獲物を得るための操業を一年間も続けてきたのであり、船籍港に意図的に帰港しないで、操業を続けるために補給を受けたものであつた。航海不能に陥つた時よりなした補給は、全て操業のためのものであることは明らかであり(最後の港ポートルイスから日本へ帰港するための費用を除いて)、八四二条六号の船舶先取特権は生じないと解すべきである。

四、以上の主張が全て認められないとしても、右第四点につき誤りがある。即ち、立替金については、船舶先取特権は認められないと解すべきである。

被上告人は、補給費用等について第三者として弁済しているのではなく、直接の債務者として弁済しているのであるから、任意代位の規定(民法四九九条)の適用がないからである。仮りに任意代位だとしても債権者の承諾を得ているという証拠はないのである。また被上告人は、弁済につき正当な利益を有するものではないから、法定代位することはできない。

第二 原判決は、判決に影響を及ぼすこと明らかな重要事項について審理不尽、理由不備の違法がある。

原判決は「成立に争いのない乙第九号証の一及び参論の全趣旨によると、被控訴人(被上告人)は、原判決添付別表記載の債権合計金七、七六五万八、〇六五円のうち、第二九共進丸の水揚代金から合計金三、一五三万三、六七三円の支払を受けたため、これを発生の順序に従い、各債権に順次充当し、残金四、六一二万四、三九九円ありとして配当要求したものであることが認められ」るとしている。

乙第九号証の一によれば、船主である訴外共進水産が被上告人に対し、残金について被上告人が、商法八四二条に基づき先取特権を有することを認める。弁済充当は、先に発生した債権に準じ充当する旨の記載がある。しかし、これは、共進水産が法的無知のために作成した書面であつて、錯誤により無効であると考える。従つて、弁済充当については、民法四八九条第二号により債務者のために弁済の利益多きものを先にすべきである。そうだとすると、先取物権の付いたものに充当する方が債務者に利益だから、時劾により消滅した原判決添付別表記載の1から17の債権を充当するのではなく、18以下の債債を先に充当すべきである。それ故仮りに、本件各債権について船舶先取特権が発生したとしても、右の理由により、第二九共進丸の水揚代金から支払を受けた、金三、一五三万三、六七三円については船舶先取特権は消滅していると考えなければならない。

仮りに右弁済充当契約の無劾が認められないとしても、債権者と債務者の合意のみによつて、抵当権の利益を害することは許されない筈である。抵当権はいかなる債権に弁済が充当されるかについて、重大な利害関係を有する。民法三九八条は地上権または永小作権を抵当と為したる者が、其権利を放棄しても抵当権に対抗しえない旨規定しているが、この趣旨は右の場合にも類推されるべきである。従つて、右弁済充当契約は本件上告人に対抗しえないと解される。

第三 結論

原判決は八四二条の「解釈運用に当つては、この先取特権には公示方法がなく、その発生前に設定された船舶抵当権にも優先するため、船舶抵当権者の利益を害し、ひいては船主の金融を困難ならしめることのないよう、その範囲を制限する必要のあることはいうまでもない」と述べているが、それは単にリップサービスにすぎない。条文を形式的にあてはめただけで、何らの制限的解釈を行なつておらず、航海継続のための費用を立替払いをした被上告人に先取特権を認め、造船資金を提供し、船舶に抵当権を設定してその旨登記していた上告人が、本件船舶から何らの配当を受けえないとする不合理な結論を是認したものである。

原判決は、以上詳論したような諸点につき、法律解釈を誤り、もしくは充分な審理を尽くさなかつた結果、右のような不合理な結論を肯認したものであつて、本件配当は違法であり、到底破棄を免れないものと信ずる。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例